散歩の帰り、片手に袋をぶら下げて歩きながら、ふと思った。
ホームセンターの園芸コーナーには「牛ふん堆肥」が積んである。40リットルで数百円。堂々と商品として売られている。一方、いま自分が持っているこの袋は、家に帰ったら燃やすごみの袋に入る。焼却炉へ行く。
どちらも動物のうんちだ。片方は買われて畑に撒かれ、片方は燃やされる。
この差は、どこから来ているのだろう。牛だから許されて、犬だからダメなのか。それとも、もっと具体的な理由があるのか。
調べてみたら、答えは「イエス、ただし条件つきで、しかも食べるものには使えない」だった。そしてその線を引いているのは、動物の種類ではなかった。

1. まず、量を見る
農林水産省によると、日本の家畜排せつ物の発生量は年間約7,800万トン(令和7年)。内訳はこうなっている。
| 畜種 | 発生量(万トン/年) |
|---|---|
| 肉用牛 | 2,395 |
| 乳用牛 | 2,109 |
| 豚 | 2,020 |
| 採卵鶏 | 728 |
| ブロイラー | 592 |
この7,800万トンという数字は、前回の記事で扱った日本のごみ総排出量3,897万トンの、ちょうど2倍にあたる。私たちが「ごみ」として認識している量の倍が、畜舎から出ている。
そして、そのほとんどが捨てられていない。農水省の資料によれば、平成11年時点で発生量の約8割、平成16年時点で約9割が「たい肥化、液肥化、乾燥処理等」に利用されている。
では犬はどうか。
ペットフード協会の2025年調査によると、日本で飼われている犬は約682万頭。1頭が1日に150グラム出すと仮定すると、年間で約37万トンになる(編集部試算・前提は後述)。
家畜排せつ物の0.5%、家庭系ごみ2,175万トンの1.7%。決して主役ではない。だが37万トンは、そのほぼ全量が焼却炉へ向かっている。ここには、まだ手のついていない余白がある。

2. 牛のふんも、そのままでは肥料ではない
ここで最初の思い込みを外しておきたい。
牛ふん堆肥が安全なのは、牛が清潔だからではない。牛のふんにも腸管出血性大腸菌O157をはじめとする病原菌がいる。生のまま畑に入れれば、それは汚染源になる。
牛ふんが「堆肥」になるのは、あいだに工程が挟まっているからだ。
農研機構の試験では、大腸菌を接種した牛ふんを含水率60%に調整し、毎週1回の切り返しをしながら堆肥化したところ、発酵温度は70℃まで上がり、2週間後には大腸菌数が検出限界以下になった。微生物が有機物を分解するときに出る熱が、病原菌を殺している。
この工程は、法律にも支えられている。1999年施行の「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」(家畜排せつ物法)は、畜産業を営む者に対して野積み・素掘りをやめ、適切な処理を行うことを求めた。だから畜産の現場には、温度が上がる規模の堆肥舎と、切り返しの手順と、それを回す人がいる。
つまり、牛ふん堆肥を成立させているのは牛ではない。温度と時間を管理する仕組みのほうだ。
だとすれば、問いはこう置き換わる。犬のふんに、同じ仕組みを用意できるのか。
3. 犬のふんで、何が変わるのか
変わる点は3つある。
① 食べているものが違う
牛は草食動物で、ふんの主成分は消化しきれなかった植物繊維だ。炭素が多く、堆肥の材料としては素直な性質を持っている。一方、犬は肉食寄りの雑食で、ふんはタンパク質由来の割合が高い。窒素が多く、腐敗しやすく、臭気も強い。堆肥の材料としては扱いにくい部類に入る。
② 病原体の顔ぶれが違う
これが最大の差だ。犬のふんには、犬回虫(Toxocara canis)の卵が含まれていることがある。この虫卵は、人が誤って口にすると幼虫が体内を移動し、目や内臓、脳に達することがある。京都府の動物取扱責任者研修資料は、感染経路として「砂場で遊んだ後やガーデニングの後に手をよく洗わないまま食べ物を口に運ぶ行為」を挙げ、症状として網膜脈絡膜炎やブドウ膜炎、発熱、咳、けいれん発作を挙げている。
北海道ではさらにエキノコックスがある。北海道の資料によれば、犬も感染したネズミを食べることで成虫が寄生し、その虫卵は直径0.03ミリで肉眼では見えない。人が感染した場合、数年から10数年の潜伏期を経て発症する。
③ 量が分散していて、温度が上がらない
70℃という温度は、大量の有機物が一か所に積まれ、内部で熱がこもって初めて出る。散歩のたびに袋一つずつ持ち帰るスケールでは、その熱量が確保できない。家庭のコンポスト容器で犬のふんが到達する温度は、畜舎の堆肥舎とは別物だ。

4. 一線を引いているのは、虫卵
ここが核心になる。
大腸菌は70℃で死ぬ。それは農研機構の試験が示している。だが回虫の卵は、細菌よりはるかに頑丈だ。
米国フロリダ大学IFAS普及部が公開している犬のふんの堆肥化ガイダンスは、少なくとも華氏140度(摂氏60度)に達するまで週1回以上かき混ぜること、通常4〜8週間で土のような状態になることを説明したうえで、こう留保をつけている。
回虫を殺すのに十分な温度に達するかどうかは確実ではない
だからこのガイダンスは、できあがった堆肥の使い道をはっきり制限している。花壇や低木などの非食用の植栽にのみ使用すること。この時点では、犬のふんを含む堆肥を食用作物に使用しないこと。あわせて、扱ったあとは必ず手を洗うこと、犬のふん用の道具と衣類を他と分けることを求めている。
線を引いているのは、動物の種類ではなかった。その工程が虫卵を殺せると確信できるかどうか、だった。
5. 国内の実践も、同じ結論に着地している
同志社大学の学生が開発した「FUNPOST」というプロダクトがある。犬のフンを入れてかき混ぜるだけで堆肥ができる家庭用コンポストで、エコパワーチップ材を使い、好気性分解で臭いを抑える設計だ。クラウドファンディングで資金を集めた。
この製品が想定している堆肥の使い道は、ひまわりやコスモスなどの花の栽培である。
フロリダ大学の普及ガイダンスも、日本の学生が作ったプロダクトも、独立に同じ場所へ着地している。犬のふんは堆肥にできる。ただし、育てていいのは食べないものだけ。
これは妥協ではなく、現時点で誠実に引ける唯一の線だと思う。
6. では、法律はどう扱っているのか
意外なことに、法律は犬を名指しで排除していない。
肥料の品質の確保等に関する法律にもとづく「特殊肥料の指定」の告示には、「動物の排せつ物」および「堆肥(わら、もみがら、樹皮、動物の排せつ物その他の動植物質の有機質物を堆積又は攪拌し、腐熟させたもの)」が並んでいる。条文上は「動物」であって、「家畜」ではない。
一方で、家畜排せつ物法が管理を義務づけているのは畜産業を営む者であり、犬の飼い主はその外側にいる。飼い犬のふんは廃棄物として、飼い主が持ち帰って処理するもの——というのが現在の建て付けだ。
つまり、犬のふんの堆肥利用を止めているのは法律の禁止ではない。温度管理された工程と、それを担保する仕組みが、犬の側にはまだ存在していないというだけのことだ。
裏を返せば、ここは制度の空白であって、不可能の証明ではない。

7. 今日から現実的にできること
調べた結果として、私が自分の行動に落とし込んだのは次の3つだ。
① 基本は持ち帰って、自治体のルールどおりに出す
処理方法は自治体によって異なる。可燃ごみとする自治体が多いが、袋の指定や、トイレに流すことの可否は地域差がある。まず自分の市区町村のルールを確認する。
② 堆肥化するなら、専用の容器で、観賞用に限る
生ごみコンポストに犬のふんを混ぜない。混ぜた時点で、その堆肥は菜園に使えなくなる。専用の容器を分け、できた堆肥は花や庭木にだけ使う。
③ 食べるものを育てる土には、絶対に入れない
家庭菜園、ハーブ、果樹。口に入るものを育てる土に犬のふん由来の堆肥を入れない。これは慎重論ではなく、フロリダ大学の普及ガイダンスがそのまま書いている運用ルールである。
加えて、扱ったあとは石けんで手を洗う。子どもが遊ぶ砂場や芝生に放置しない。犬の定期的な駆虫を獣医と相談して続ける。虫卵を減らす一番の上流は、犬の体の中にある。
8. この記事の数字を、わが家に当てはめると?
編集部試算
一般社団法人ペットフード協会「2025年 全国犬猫飼育実態調査」(犬の推計飼育頭数 約682万頭)
https://petfood.or.jp/data-chart/
- 1頭あたり:年間 約55kg
- 全国では:年間 約37万トン
これは家畜排せつ物7,800万トンの約0.5%、家庭系ごみ2,175万トンの約1.7%にあたります。重量で見れば主役ではありませんが、そのほぼ全量が焼却されているという点では、まだ誰も手をつけていない領域です。
※前提:1日150gは中型犬を想定した編集部の仮定値であり、犬種・体重・食事内容により大きく変わります(小型犬ではこれより少なく、大型犬では多くなります)。公的な統計値ではありません。全国値は飼育頭数×150g×365日の単純計算です。
9. 次に確かめに行くこと
犬のふんを「燃やすしかないもの」から動かすには、家庭の工夫ではなく、温度を管理できる規模の工程が要る。牛ふんにそれがあって、犬ふんにない理由は、量と分散と、制度がまだ来ていないことだ。
ニューヨーク市では犬のふんの堆肥化に取り組む事例があるという。国内でも、ドッグランや自治体単位でまとまった量を集められる場所なら、話は変わってくるかもしれない。
次は、その「まとまる場所」を探しに行く。
(前回の記事:家庭の生ゴミは、どこへ行っているのか)
関連記事:コーヒーかすは、肥料になる。ただし、そのまま撒くと植物が育たない ── 同じ「肥料になるのか」という問いを、毎朝出るコーヒーかすで確かめました。
出典
- 農林水産省「家畜排せつ物の発生と管理の状況」maff.go.jp
- 農林水産省「家畜排せつ物法とは」maff.go.jp
- 農研機構「発酵温度を70℃まで上げる適切な堆肥化により堆肥の大腸菌は未検出となる」naro.go.jp
- 農林水産消費安全技術センター(FAMIC)「特殊肥料の指定」告示famic.go.jp
- 京都府「動物取扱責任者研修資料2023」PDF
- 北海道「エキノコックス症の知識と予防」pref.hokkaido.lg.jp
- University of Florida IFAS Extension「Composting Dog Waste」ufl.edu
- Life Hugger「愛犬のフンを花の肥料にできるコンポスト」(FUNPOST)lifehugger.jp

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